風が吹いていた









 全ての希望を捨て去るように









 目の前には、泣く力も殆どなく、ただ横たわるだけの大切な人









 そして、その傍で、泣く事すら赦されない自分









 自分の所為で、自分がいなければ









 恐らく、その人もこういうことにはならなかっただろう









 …それはもう、10年以上も前の話だ…









 今はその時とは違う









 あの時と違って、俺には力がある









 …そして、何より、今は、大切な人など…いない









「…ふぅ」

 夢見が悪かったのか、意識が急に覚醒する。

 それと同時に、自分の着ているものが寝汗で濡れているのが分かった。

 …寝汗を掻く程、暑くは無いんだけどな…。

 そう考えて、苦笑し、ベッドから体を起こす。

 周囲は、闇に包まれていた。

 …まあ、寝た時刻の事を考えたら当然のことだが…と思いつつ、近くの時計を確認する。

 時計の芯には蛍光塗料らしき物が塗ってあり、その針の短針は北北東の方角を指していた。

 …つまり、おおよそ2時くらいと言う事か。

 一度覚醒してしまった頭は、ちょっとやそっとの事では覚醒しない。

 それに、このままベッドに潜るのも躊躇われた。






 …と言うわけで、俺は深夜の町を散策していた、…当然ではあるが着替えてだ。

 そして何も考えずに向かった先は、自然公園だった。

 因みに俺の家はこの自然公園が窓から見えるぐらいの場所に位置している。

 自然公園と言うだけあって、この公園はかなりの大きさを誇っており、木々も多く、昼間はデートスポットやこの町の待ち合わせの場所の一つとして良く使われる。

 …当然ではあるが、今の公園は、昼の公園とはかなり趣が違っているが。

 少し耳を澄ませば、良く言えば恋人達の逢瀬の声だかなんだかが聞こえてきそうな気がする。

 その音を気にしないようにしながら、薄暗い公園を進んでいく。

 しばらくすると、大きな噴水が見えてきた。

 この公園のシンボルらしきそれは、水を噴出し、その周囲を冷やしている。

 その噴水の縁に腰掛け、しばらくぼぉーっと夜空を眺める。

「夜…か」

 闇は光とはまた別のものを照らし出す。

 光では照らし出されないもの。

 そして、俺の場合は大抵の厄介事や苦難も闇から来た。

 …そう、今なんとなく現実逃避気味にそう思っているのは今背中を向けている方から、気配を感じたからだ。

 厄介事に巻き込まれるのももう慣れた。

 …実際にそうなるのは凄い嫌だが。






 しばらく現実逃避に耽っていたら、どうやら後ろの方から誰かが近づいてきたようだ。

 俺の予想している事が当たっているのか、酷く慌てて、怯えている。

 そして、さらにその後ろから3日間何も食べていない狼が獲物を見つけて必至に追っているような気配がした。

 …言い得て妙だな、と心の中で苦笑しながら、事が起こるまでは静観を保つ。

 慌てているほうの気配が、だんだん俺に近づいてくる。

「す、すみません! 助けてください!!」

 高い声が俺の背後からかかる、そして心の中で苦笑する。

 その苦笑は、やっぱり厄介事に巻き込まれるのか…という半ば悟ったような気持ちや、俺がアンタの後ろの奴の仲間だったらどうするつもりだ? という物まで。

 そんな色々の思考が混ざっての結果だった。

 そして、その声の主は予想した通り、女性だった。

 …まあ、男がこんな深夜の公園で慌てながら逃げるという光景はそれはそれで嫌だが。

 そう思考を巡らせている…と言うより現実逃避の続きをしていたら、何時の間にか4〜5人の男共に囲まれていた、やれやれ…。






「おいニイちゃん、邪魔するんじゃねェよ」

 スキンヘッドの男が俺に突っかかってくる。

「そうそう、女の前でいいカッコしたいって気持ちはわかるけどな」

 さらに別の男がそう言って、周囲の男共が笑い出す。

「…」

「おい! 何とか言えよ!!」

 何の反応も示さないのがよほど気に障ったのか、スキンヘッドの男が叫ぶ。

「…いい加減、出てきたらどうなんだ?」

「アァ? 何言ってやがる、余りに怖くておかしくなっちまったのかァ?」

 俺は、男がそう言い終わる前に女の手を引いて男共の方に走る。

 …と。

 ヂュッドオオオン!!!!!

「な、なんだァ!!!」

 男が驚いたように叫ぶ。

 …当然か、いきなり地面が爆発すれば誰でも驚く。

「貴様! 何を…」

 何か男が言っているような気がするが、気にせず叫ぶ。

「…起電!」

 そして、同時に右手を天に突き上げる。

「伍の型変・散華!」

 それと同時に俺を中心に電気が巻き起こる。

「きゃ…!」

 傍にいた女が悲鳴を上げる前に口をふさぐ。 余り大きな声は上げられたくない。

 しばらくすると、巻き起こっていた電気は消え去り、周囲にいた男共は感電して気絶している。

 …まあ、酷くてちょっと火傷した程度だ、問題は無い。

 そして、俺は目の前に立っている人物を睨み付ける。

 …黒いシルクハットに黒いマントに黒い服を着た全身黒尽くめの男。

 そんな男が、先ほどまで俺がいた…つまり、先ほど爆発した場所に立っていた。

「…貴様も、能力者か?」

 俺は、そう問いかける。

 しかし、黒尽くめの男は何も語らずに俺を観察するかのように見ている。

 そして一言。

「…劣等種か」

 何か疑問を返す前に、俺は女を突き飛ばして横に跳躍する。

 先ほどまで俺がいた場所で、また爆発が巻き起こる。

「もう一度訊く、貴様も、能力者か?」

「死に逝くものに答えたところで無意味だ」

 …能力者、俺にも正式な名称は分からない。

 だが、一つだけいえること、それは遺伝子とかそういうのを完全に無視して生まれる、特殊な力を持った者達。

 そして、それが在ると言う事実。

 少なくとも奴は俺を殺る気で来ている。

 それは、奴が放っている殺気で分かる。

 …全く、本当に厄介事だぜ…。






 奴が手をかざす。

 それと同時に奴と俺を結ぶ直線のライン上で爆発が巻き起こる。

 俺はそれを右に避け、後ろを振り返り、叫ぶ。

「死にたく無かったら避けて避けて避けろ! 俺はお前を護ってる余裕は無い!」

 そう叫ぶと、さらに右に避ける、それと同時に自分がいた足元で爆発が巻き起こる!

 そして、改めて相手のほうを振りかえる。

 …とりあえず分かっている情報は、相手が爆発系統の能力者だと言う事。

 恐らく、ある程度の範囲内なら、任意のタイミングで爆発が起こせるのだろう。

 だが、恐らくそれは爆発自体が地面に触れていないと起こせないのだろう。

 確信ではないが、大方そんなところだろう。

 …だろうだらけだな。

 となると、後は他にどんな能力を持っているかだ…。

「壱の型・雷槍!」

 掌で生まれた雷の槍が敵に向かって飛んでいく。

 それを、すれすれでかわす奴。

 それと同時に、敵に近づくように、右前に跳躍する。

「参の型変・天牙!」

 そして、着地すると同時に地面に手を付きたてる。

 奴の足元で雷の固まりが空に向かって放たれる。

 だが、奴はそれもやすやすと避ける。

 その隙をついて俺は奴に肉薄する。

「旋の型・襲爪!」

 奴の傍で軽く跳躍し、そのままの勢いで敵に回し蹴りを繰り出す。

 その蹴りが奴の首の辺りに当たり、はじき飛ぶ。

「どうだ?」

 着地し、同時に後ろに跳ねる。

 そして、自分のいた場所が爆発する。

「ぐっ…」

 爆発の勢いを相殺しきれず、その勢いで後ろにごろごろと転がる。

 回転が終った所で立ち上がる、幸いと、ダメージはほとんどなかった。

 奴の方は一応爆発を放ったものの、少しダメージが残っているのか、ふらふらしている。

「なかなかやるな…」

「そう簡単に負けるかよ!」

 そういって相手に詰め寄ろり、蹴りを放つ。

 だが、それはよけられたわけでも止められたわけでもなく、奴の体を素通りする。

 それは流石に予測できず、そのままの勢いで転げまわる。

 恐らく、これも相手の能力なのだろう。

「逃げるのかよ!?」

 大声で叫ぶが、その声が聞こえたのかそうでないのか、何の一言も発せず消えていった。

 …どうでも良いが、結局アイツがしゃべったのってほんの数言だけだったな。

 なんなんだろうか…劣等種って…。






「あ、あの…」

 ! しまった! すっかり彼女のこと忘れてた…。

 つまり、俺は一般人の前で能力を使ってしまったと言うこと。

 それは、彼女に俺が特殊だと言うことが、彼女にばれてしまったと言うこと。

 彼女はここら辺に住んでいるのだとしたら、かなり拙いことになる。

 …まあ、幸いなことに、彼女以外には見られていないとは思うが…。

「あの、ありがとうございました」

 だが、彼女は恐怖や畏敬の表情をせず…というか驚きもせずに…俺に話しかけてきた。

「いや…終渦」

 俺がそう呟くと同時に体中からぴりぴりした感じが抜けていく。

 軽くからだに帯電していた電気が抜けた証拠だ。

 …んまあつまり、力を発揮しているときは触るだけで軽く感電するって事だが。

 そう考えると…黒マントの奴も、回し蹴り+感電を受けたのに簡単に立ったって事だな…。

 …まあいいや、過ぎたことは考えないでおこう。

「…あの? もしもし?」

「ん?」

 どうやら考え込みすぎていて彼女の問いかけに気付かなかったようだ。

「…いえ、あの、ありがとうございました」

「いや、気にするな、というかこんな深夜に一人で散歩するモンでもないぞ」

 いちいち男に襲われていた日にはキリがないからな。

「あ、はい、すみません」

「…で、今日起きたことは忘れた方が良いと思うぞ」

「…え?」
 いや、え? って…。

「いろいろあっただろ? 爆発とか感電とか。 それのことだよ」

「え…だって、普通のことじゃないですか?」

「んなわけあるか!!」

 うわ…この娘普通のことじゃないですか? とか言ってるよ…。

 俺はそこはかとなく頭痛を感じながらそう言うのが精一杯だった。






「…ったく、なんだったんだ…」

 俺はそう呟きながらベッドに身をゆだねる。

 ただ眠れないだけだったのに、何故同類の相手をしなくちゃなんなかったのだろうか…。

 だが、今思えば謎はそれだけではない。

 あの黒尽くめの男、一体何が目的だったのか?

 殺人等に快楽を求めるためにやったとは思えない。

 アイツは、絶対に全力を出していない。

 というか、出していたら俺も無傷とは行かなかったはずだ。

 もし無差別殺人が目的なら、はじめから全力を出してもおかしくないはずだ。

 …そういえば、あの娘…あ、名前を聞くの忘れてたな。

 …まあいいや、あの娘、能力を見て「普通のことじゃない?」って言ってたな。

 それもどういうことだ?

 彼女自身が能力者ということか?

 …だめだ、推測する事についてすら材料が足りない。

 思えば、俺自身能力者について全く分かっていない。

 とはいえ、能力者についてすらその情報は社会から抹消されているから調べることもできない。

「…深く考えてもしょうがないって事か…寝よ寝よ」

 …結局そういう結論に達することしかできなかった。






 少年が寝室で悩み、結論として寝に逃げた頃、とある場所で集まっている者たちがいた。

 その数は…6人。

 そのうち5人は、丸いテーブルに腰掛け、残りの一人はとある一人の背後に立っていた。

 その男は、間違いなく、公園で少年達を襲った黒尽くめの男だ。

「…瑞華は逃したのか?」

「…いえ、泳がせたのです、どこに行くかなど、大抵の検討は尽きますから」

 威圧的な質問に答えた男彼は、自信ありげに続けた。

「計画には支障はございません、ご安心を」

「…そもそも、一人や二人、逃げ出すのは計算のうちでは有りませんかな? 長老」

 黒尽くめの男の前に座る壮年の男…というより老人に近いが…が彼をかばうかのようにそう続ける。

「だが! 計画に誤算が少ない方が良いのは当然の事実だ!!」

 その男性のちょうど反対側に座る男性がそう反論する。

「落ち着け、ほおって置けばよい」

 別な男がそれをなだめる。

「ですが!」

「今はそれよりも大切なことがあるだろうに…」

「…っ!」

 図星を付かれたのか、押し黙る。

「とにかく、今はこの計画を完成させるのが先決だ」

「そうですな、我等の計画に祝福あれ!」

 なにやら、不穏な空気が流れていることは確かだった。

 その中で、それ以上何も語らず、見るものにとっては恐怖となる笑みを浮かべる黒尽くめの男。

 全ては、動き出しているようだった。











 この日を境に、全てが変わり始めた









 もう大切なもの作らない、と心に決め、孤立を保った少年









 彼は、否応無しに、騒動の渦中に立たされることになる









 それは、まだ始まらぬ物語の序章









 全てが変わり始める、その前の物語









 そして、彼自身が変わり始める物語の序章









 願わくば、彼の者に祝福あれ…









 そして今は、彼の者に安らぎを……









あとがき