「朝…朝ですよ、リムさん」
どこか遠くから響いてくるような声と、体全体が揺れるような感覚。
「ん…」
それを感じてリムは意識を覚醒させた。
「おはようございます、リムさん」
布団ごしに体の上に手を置いていた少女が話し掛けてくる。 驚きながらもリム返事を返す。
「…ああ、おはよう、エル」
Reason's Fang2話
それはそれで平和な朝
「しかし、俺よりも早くエルが起きるとはな」
この少女、エルは結構長く寝るタイプで、リム自身が早起きをするというのもあるが、少なくとも今まで一緒に旅をしてきてエルがリムよりも早く起きたところは見たことが無かった。
「はい、たくさんお休みさせていただきましたから」
「ひょっとして、さっきまでずっと寝てたのか?」
「はい」
「…」
因みに昨日この宿にたどり着いたのが15時くらい、今は朝の5時半だ。 と言うことは14時間くらい寝ていたことになる。 つまり…。
「寝過ぎだ!」
「はぅ…」
ふぅ…とリムはため息をついた。
「で、どうしたんだ? こんな朝早くに」
「えっと、あの…」
「ふわあぁぁ…」
エルが何かを言いかけたのをウィルの欠伸がさえぎった。 どうやらいつの間にか起きていたようだ。
「あ、おはようございます、ウィルさん」
「ふわ? あ、おはよ〜、エルちゃん」
「おはよう、ウィル」
「リムもおはよ〜」
まだほわほわとしたような感じで返事を返すウィル
「二人とも今日は早いな、エル…はともかくウィルはもっと寝てても良いんじゃないか?」
「はぅ…」
「ん、ちょっとね〜」
妙な返事で返すエルと寝ぼけているのかいつもよりのんびりした口調で話すウィル。
「まあいいか、で、エル」
「はい?」
「とりあえず俺を起こしたのはどうしてだ?」
「あ、はい、あの、おなかが空いてしまいましたので…」
「? ああ、んじゃ食いに行くか」
リムはエルのいいたいことをなんとなく理解できた。 エルはとある事情で少々人見知りが激しく、今の時間帯なら人も少ないだろうが、それでも一人で行くのが不安なのだろう。
「あ、僕も行く〜」
「…行くのは良いが、着替えてからな」
因みにリムもウィルも寝巻きのままだ。 リムに至っては布団から這い出してもいない。 リムは苦笑しながら答えた。
「あ、はい」
少々頬を赤らめつつエルは洗面所へ向かった。
「ふぅ、さて、着替えるか」
「僕は?」
「…着替えろ」
「やっぱりまだ人は少ないな」
寒い気候もある所為か、布団から出にくかったが出たらすぐに目が冴えた。
この気候柄か時間が早いようで、リム達が食堂に向かった時にはお客は他には1組しかいなかった。
どうやらその客は、昨日の男女二人組みのようだ。 しかも何やらムカツクムードが漂っているような気がする。
「…気にしないでおこう」
「どうしたの? リム」
「リムさん、怖いですぅ…」
…怒りが表に出ていたようだ。
「なんでもない」
とりあえず手近な椅子に座る。 少しすると、ウェイター風の女性が近づいてきた。
「ご注文はいかがいたしますか?」
「俺はグラタンと紅茶」
「僕はナポリタンスパゲッティとコーヒー」
「えっと…トーストセットとオレンジジュース」
「かしこまりました、グラタンに紅茶、ナポリタンスパゲッティにコーヒー、トーストセットにオレンジジュースですね? 少々お待ちください」
一通り注文を聞き終えて、一礼をして戻っていった。
「やっぱりエルは菜食主義なんだな」
「ええ、まあ」
苦笑しながらエルは答える。
「ちょっといいですか?」
突然声を掛けられた、後ろのほうから。 声の主は昨日の男性。
「あなた…は?」
エルがちょっと怯えながら訊ねる。
「ああ、ちょっと君達に興味があってね」
「興味? 俺にはないな」
リムは不機嫌な雰囲気を隠さず、そう答えた。
「いや、こっちが一方的に興味を持っただけ…」
「クス、タロンさん、片言ですよ」
タロンと呼ばれた男性の後ろに立っている女性…確かアルメリアとか言ったか…が突っ込みを入れる。
「なれない言葉を使うからですよ」
「悪かったな…んじゃ、元に戻すか」
「あの…」
「ん? ああ、俺が何者か? だよな」
改めてこちらに向きかえる男性。
「おれの名前はタロン、こっちはアルメリアだ」
自分を指差し、続いて女性を指差して紹介する。
「始めまして、アルメリアです」
「僕はウィリアム、ウィルでいいよ」
「私は…エルです…」
「俺はリムウェルだ、リムで良い。 あと、出来れば話す時ぐらいいちゃつくのはやめてほしいな」
リムがさり気に突っ込みを入れる、タロンは苦笑、アルメリアは赤面。
「まあ、気にしないでくれ、頼むから」
「いや、頼むからって」
「色々あるんだよ、色々」
「色々って、ただカップルがいちゃついているようにしか見えないぞ」
「まあ、そらそうだ」
リムにはまだ不機嫌さがあったが、気は許していた。 その理由の一つにウィルがある。
ウィルは人の心に敏感なのだ、相手が邪な下心があって近づいてきたとしたら、ウィルはそれに敏感に反応し、警戒するのだ。
そのウィルが普通に接しているということは現段階ではこちらに危害を加えたりするつもりは無いと見て良い。
…ただ、なんとなくだが、リムはタロンが全てを知っているようなそんな雰囲気を感じてはいたが。
「それで、なんですか? 僕達に話し掛けてきた理由は」
「君達もこの街に来たってことは『理の牙』関連なんでしょ?」
ウィルの問いの答えになってない返事を返すアルメリア。
「ああ、まあな」
「だったら一緒に行ったほうが楽になるんじゃないかってタロンさんが…」
「まあ、そういうことだ」
「一緒に、ね」
リムには少し引っかかることがあった。
「『理の牙』の事で揉めないでしょうか…」
リムの引っかかっていた事をエルが代弁してくれた、リムの後ろに隠れながら。
「…それについても色々あるから、ちょっと部屋で話さないか?」
タロンはそう言ってから周りを見渡し
「それに、人も多くなってきたしな」
なるほど、道理でエルが怯えるわけだとどうでも良い事をリムは納得した。
「と言う訳で、僕達の部屋の方が大きいというとこで僕達は僕達の部屋に来ました」
「誰に解説してるんだ、ウィル…」
時々ウィルは電波を感知できるんじゃないかと思われる行動を起こすことがある。
「気にしな〜い、気にしない」
ふぅ…とリムは溜め息をついた。
「で、タロンさん…」
「あ、おれの事はタロンで良い、白龍族のお嬢ちゃん」
その台詞をタロンが言った瞬間…、リムは咄嗟にエルの前に立ち短剣を抜き放った。
「てめぇ…」
「やっぱりそうだったのか」
だがタロンは特にどう言うリアクションを取るわけでもなく納得していた。
「それにリム、君はカルラ辺り出身の人竜族、だろ?」
「んな…なんで…」
「やっぱり、見た時からそうじゃないかと思った」
余りの事にリムは絶句していた、少なくともリムもエルも自分達が竜族だとさらしてしまう行動は起こしていない。 それなのに会って間も無いこのタロンには見抜かれていた。
エルもそれが驚いたらしく、リムの服の裾をぎゅっと握って離さない。
「…何が目的だ?」
リムはタロンに聞いた、タロンは表情を変えない。
「いや、脅迫しようとかこの場で倒そうとかそういうことは考えてないから」
まあ、そっちから襲ってきたら話は別だけどな、とタロンは付け加えた。
「…リム」
それまで黙っていたウィルは口を開いた。
「僕は、タロンさんを信じても良いと思う」
その言葉にリムは驚いた。 ウィルは人物に関する事はかなり慎重だ、そのウィルが一番に信じるとは。
「…だからってな」
…どうしたら良いか、リムはかなり迷っていた。 信じるべきか、信じないべきか…。
to be continued…。
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2003/05/15 Vol1.00 公開